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高木いつ子


東寺五重塔模型と私

私の

           私は主人のすすめで現在生意気に時代の流れに伴走してパソコンに熱中してますが、
               この程度の牛歩ではマスターするまで寿命があるかどうか心配です。
          ちなみに 1935年生  先生にはご迷惑かけています ゴメンナサイ

パソコン一年生…?
私の練習用


 私の伴侶

アコーディオン

 

主人のアコーディオン演奏?の趣味は下手の横好きともいえるもので、当人は白、黒の鍵盤を大事そうに胸に抱いて、その数が減っていないかと、四六時中数えています。
楽器の図体はとても大きく、私にはウルサイとしか感じません。
例えば主人が無人島に行かされるについて、女房を連れていくか、楽器を持参するかどちらかを選べといわれたら楽器にするでしょう。
また時間があれば部屋に閉じこもり楽譜を書いてますので、殆ど家庭内別居の哀れな女房です。
主人の自白?によりますと、小2の頃明冶生れの母が上手く吹奏するハーモニカに魅了されて自分も始めたと申しますが、それは母子ともに我流であったため楽器の低高音の方向が正規の持ち方より反対であったと告白し、それが最近テレビにご出演のアコーディオンの第一人者横森良造さんが少年時代の話をされた中で「私もハーモニカを反対に覚えてしまった」と述懐された事などで横森さんと主人とでは雲泥の差があるのに「僕と一緒だ」喜んでおりました。

とに角も主人がアコーディオンを始めたのは昭和24年頃、それは故美空ひばりさんのデビユー曲「悲しき口笛」がヒットした頃であったと申します。(その割には下手で我が家に貯蔵の味噌が腐ってしまいました。)

お願い
主人は当時「ミナト軽音楽団」(大津)でアコーディオンを担当しておられた稲葉さんに教えて戴いたそうですが、主人も京都に転宅、稲葉さん も転勤で消息不明となりました。
何方様か稲葉さんの消息ご存知の方、教えて下さいませんでしょうか。
当時ご本宅は大津初音屋楽器店さんの隣でした。



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